Mar 24, 2012

Sphinx - The horror man




Hello all.
Though I only hope to make good people...when I make the story, sometimes I have to draw some scary people. Of course, I never agree with this party. This horror Gestapo leader was called "Sphinx" from his coworkers in wartime Germany. I've read infos that he passed away in May 1945, but his real last has steeped in mystery...

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ようやく、ゲシュタポ・ミュラーことハインリッヒ・ミュラーを仕上げましたよ~。
おじさんを描くのは大好きなのですが、彼の場合は別。実在の人物というのもありますし、G・パイスの「The Man Who Started The War」などから恐ろしいイメージがあったので何となく気が引けていました。絵のサイズが小さいので綿密にとはいかないまでも、twitterでお世話になっているとげいぬさまのお陰でかなり詳しく描くことができたと思います。(感謝、感謝です!)
描いてみて思ったことですが、彼は意外に黒目がち。目の辺りの彫りは深く、顎はしっかりしています。

歴史家リチャード・J・エヴァンスの本によると、
「ミュラーという人は任務と規律にうるさい人間で、まるで軍の命令であるかのように課された仕事に取り組んだ。休暇を決してとらなかった真の仕事中毒人間であり、ミュラーはどんな政治形態を取ったかどうかに関係なく、彼自身を含めて、それが皆の職務であると信じ、疑うことなくその命令に従うため、ドイツ国家に奉仕することを固く決心していた」
らしいです。無の心で全てが「職務」だと思わなければゲシュタポの仕事はできなかったんでしょう。

墓標には「我々の愛する父ハインリヒ・ミュラー 1900年4月28日ー1945年5月ベルリン」とあり、没日は不明です。当時のミュラーの愛人アンナ・シュミットは4月以降、彼を見ていません。最後の目撃情報は5月1日夕方から夜、ヨハン "ハンス"・ペーター・バウアに例の言葉を残していなくなりました。
自殺か他殺かは分かりませんが、元部下ハインツ・パンヴィッツHeinz Pannwitz:ハイドリヒ暗殺事件の主任捜査官だった。ソ連の捕虜を経てNKVDのエージェントとして働いた後、西ドイツへ帰国。1975年に死去)が言うには官邸から少し離れた地下鉄シャフトで頭を撃ち抜かれた状態で見つかったらしいです。しかし、これも本当にミュラーだったかどうかは確証がないといいます。(en)

また、別の説もあります。「SS将官の制服を身に着け、背中に大きな傷のある状態で総統官邸の庭で発見された。勲章はないが身分証明書はミュラーのものだった」という情報です。(en)

ミュラーに関する中央情報局のファイルは2001年の情報公開法のもとに発表され、ミュラーを発見しようとするいくつかの試みは不成功であったことが記されています。
「ミュラーの最期に関して確定的でないが、1つの点に関しては非常にはっきりしている。中央情報局とその前身は、戦後いかなる点においても ミュラーの所在を知らなかった。言い換えれば、CIAはミュラーと接触したことがなかった」(en)

軍内に「ハインリッヒ・ミュラー」が多すぎる為、捜査は混乱しました。やがて冷戦が始まり、行方不明の幹部を追跡する関心は薄れていきました。

バルビーのこともあって「米国あるいはソ連にエージェントとして雇用され、冷戦下で活動した」説もあるようですが、さすがにこれはないと思います。南米逃亡説もありますが、(プリンツ·アルブレヒト通りのRSHA本部から改葬のため、多くの人々と一緒にミューラーの体を移動させたと1945年12月に報告されていたという)ベルリンの遺体安置所職員の証言を含むいくつかの目撃情報から1945年5月死亡説が有力だそうで、墓標に上述の言葉が刻まれたとの事でした。(en)

(追加情報)
やはり、ミュラーはベルリンで亡くなっていました。しかもユダヤ人墓地に埋葬されていたそうです。遺体は1945年8月に旧東ベルリンで見つかっていました。
BBC News - Head of Gestapo 'buried in Jewish cemetery in Berlin' (31 October 2013 Last updated at 11:59)

私は物語の中で南米逃亡説は取らずに彼を登場させる予定です。レギュラーではありませんが重要な役で。
歴史家を悩ませているといえばSD章。「制服の帝国」によりますと、
1941年9月26日以前は「SD所属者は縁取りなし」「ゲシュタポ所属者、又はSD出向・移籍者は縁取り付き(クリポ所属者もSipoとして同様)」を着用。以降は原則として「RSHA所属者全員が縁取りなし」を着用、とのこと。
ミュラーの数少ない写真でも縁取りなしでした。

1944年7月以降、中将兼警察中将期。国家保安本部(RSHA)第Ⅳ局長
: 騎士戦功十字章剣付(銀) 1940年8月19日制定
※この位置では影になっているのでリボンは見えません。

左袖: SD章(縁取りなし)、銀のカフタイトル(本部長・局長)
左袖: 古参闘士名誉章あるいは古参闘士SS名誉山形袖章
肩章: 警察関係者なので兵科色は緑、下はSSを表す黒

※星付SS山形袖章(SS-Chevron with star)着用者は「さらに1933年以前にドイツ警察や軍のメンバーであった人物が要求される」とのこと。(参照
※古参闘士名誉章(Ehrenwinkel fur Alte Kempfer)、英語ではOld fighter SS honor chevronとありました。ただし、古参章は必ずしもSSである必要はありません。ちなみに、イングロリアス・バスターズのランダさんも古参章を着用していました(笑)

左胸: 
黄金党員名誉バッジ 1933年11月9日制定(かなり後でもらっている)
一級鉄十字章 1914年8月5日に皇帝ヴィルヘルム2世によって再制定
一級鉄十字章略章 1939年9月1日制定
第一次大戦パイロット章
一級戦功十字章剣付も授与されているようですが、騎士章があるせいか端折った写真しか見つかりませんでした。なので、端折らせていただきました。

略綬
二級鉄十字章(第二次大戦略章付) 1914年8月5日制定
二級戦功十字章剣付 1939年10月18日制定
バイエルン戦功十字章 三級(金王冠剣付) 1866年7月19日制定
ヒンデンブルク十字章剣付 1934年7月13日制定
警察勤続章18年ミニチュア付 1938年1月30日制定
オリンピック名誉章(短翼金鷲付) 1936年4月4日制定
オーストリア併合章 1938年5月1日制定
ズデーテンラント併合章(チェコ城バー付) 1939年5月1日制定
赤十字名誉章(葉環付) 1939年5月1日制定


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