Oct 15, 2014

失われた帝国のためのアートワーク No.2 The artwork for the Lost Empire KuK - No.2

 ご無沙汰しております。仕事の絵ではないオリジナル作品は合間合間に描いているので「失われた帝国」シリーズ、かな~りスローペースですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 最近、若人や格好いいスラッとしたおじ様ばかり描いていたので、ぶしゃっとしたおっちゃんだけどそれがいい!みたいな人を描きたくなりました(笑)不思議な事に、描いているうちにベテラン下士官のこのおっちゃんが格好良く見えてきます。


(Oberjäger Ignaz and Hauptmann Aigner by Kumiko Sakaki)


■モデル

 イグナツさん Ignaz (Front)
 帝国国土防衛隊連隊 軍曹 Oberjäger der K.k. Landesschützen

 アイグナー大尉 Hauptmann Aigner (Back)
 騎兵チロル国土防衛隊(後の騎兵チロル皇帝防衛隊)所属  1
 Reitende Tiroler Landesschützen(Reitende Tiroler Kaiserschützen)


時代
 1916年くらい


勲章(左から)

 イグナツさん
 ・勇敢メダル銀章1級 3回
 ・勇敢メダル銀章2級 2回
 ・勇敢メダル銅章2級 2回
 ・カール連隊十字章
 ・1912年/1913年従軍記章
 ・下士官功労章
 ・フランツ=ヨーゼフI世即位60周年記念メダル
 ・フランツ=ヨーゼフI世即位50周年記念メダル
 ◎エーデルヴァイス記章は襟章のほか、帽子の左側にも着けていますがここから見えず。
 ◎距離査定者バッジと最上射撃モールを着けている、狙撃の達人。 2
 ◎M1907野戦帽、M1907野戦服、ステアーマンリッヒャーM1895、B72銃剣

 アイグナー大尉
 ・戦功メダル
 ・勇敢メダル銅章
 ・フランツ=ヨーゼフI世即位60周年記念メダル
 ◎騎兵将校用の飾りベルトとサーベルを着けています。
   知人の家で代々管理しているサーベルの写真を見せてもらいました。
  「サーベルは純粋な鋼でできています。銀色のところは銀製ではなくアマルガム(水銀合金)製」
  とのことでした。


1※
 1917年1月16日カールI世により騎馬チロル皇帝防衛隊と改名させられるので、チロル皇帝猟兵と紛らわしい名称になっちゃうのです(汗)
 アイグナー大尉のかぶっている猟兵帽はどちらの部隊もかぶっていました。彼は将校なので帽子の紐は金に黒の模様がついた絹製です。丹銅製の猟兵ホルンバッジの中央にはチロル鷲章。(猟兵大隊、ボスニア=ヘルツェゴビナ猟兵部隊は鷲章の部分が異なります)着脱可能な黒いオンドリの羽根飾りが豪華です。(ここからじゃ遠いけど)

2※
 ナポレオン戦争以降、オーストリア=ハンガリー帝国軍は下士官要員の資質を向上させるために、いくつかの訓練目標や規制を導入しました。資格者バッジ飾り紐(モール)が設けられたのも徴兵兵士の敵前逃亡を防ぎ、彼らの能力や士気を上げるためでもありました。1868年にこれらの初期型が導入され、1918年まで使用されます。

 この種の飾り紐は非常に人気が出ましたが「海軍と騎兵隊だけが飾り紐を導入しなかったのは、揺れる飾り紐が兵士を不利な状況にさせるという考えがあったためではないか」と歴史家さんは推測していました。

 これの他に特別な教育や訓練を受けた証として腕章も導入されていました。ちなみに「Kunst(芸術)」腕章もありますよ~。ただし、これらは軍の物なので兵役を終える時には他の器具と一緒に返却しなければなりませんでした。
 1914年に戦争が始まった時、これらの資格記章の授与が中止されますが、資格者は終戦まで着用しました。(特例として、航空隊やマシンガン部隊等の兵士たちには資格バッジが与えられています)

 第一次世界大戦後、ハンガリー軍は1932年までに二重帝国のものをアレンジした飾り紐を使用。1944年まで使われていました。1929年12月オーストリア連邦軍(Österreichisches Bundesheer)ではこのタイプの飾りひもが新たに導入され、アンシュルスの起こる1938年3月まで使われました。第二次大戦後の1962年10月にも再び導入されますが、1974年4月に廃止されました。


※勲章等の日本語訳ですが、書籍でも訳しかたにバラつきがあるので参考程度にご覧下さい。

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